台湾旅行の喜録 その5 台湾やさしいで!

台湾旅行の喜録

僕たちは故宮博物院を後にして、次の目的地、台湾総統府へと向かった。総統府には台湾で一番偉い総統はんがおるんやけど、やはり立派な建物やった。

「総統府って、ずいぶん貫禄のある建物やね、ロンドンくん」

「1919年に建てられたもので、日本統治時代の台湾総督府の庁舎だったものだよ」

「ひえ〜、100年以上前の建物ってことか。そら、貫禄あるわ。記念に写真撮っとこ」

それから僕たちは西門へと向かった。西門は東京で言えば原宿・渋谷にあたる、若者たちで溢れる賑やかな街だとYさんは教えてくれた。そしてそこにはたくさんのグルメスポットがあるんやて。僕はその時、食いしん坊先生の目が鋭く光るのを見逃さへんかった。そして、その藤枝梅安(おっさんやけどな)のような鋭い眼力のおかげで後日、僕たちはめっちゃ美味しいものを食べられることになるねんけど、それはその時のお話。

西門へ行く途中でYさんの旦那さんとお子さんたちも合流して、楽しい西門観光が始まった。

「なあ、ロンドンくん。西門というからには門があるんやろか?」

「今残っているかわからないけど、この場所は昔、台北城西門の外側に位置していて、何もない荒れ地だったらしいぞ」

「へー、そやから西門なんやな」

「そして日本統治が始まった頃の1890年代後半に日本人向けの繁華街としてこの街は始まったらしい。

「ほな、日本とは縁の深い街ちゅうことやな。そういえば、ロンドンくんのお祖父さん、若い頃に警官として台湾に赴任しとったんやろ?もしかしてここに来たことあるんと違うか?」

「十中八九きてるだろ、酒飲みに・・・笑」

「ロンドンくんの酒好きは遺伝なんやな笑」

そんなこんなで、Yさんが先ず連れて行ってくれたのは、西門紅楼という古いレンガ造りの建物。なんと、総統府よりも古い1908年に完成した建物なんやて。もちろん当時は日本統治時代で、これを設計したのも日本人の建築家、近藤十郎さんという人らしい。当時としては斬新な「八卦造型」を取り入れはったんやて。 

中はお店が入っていたり、博物館にもなっていて、とても賑わっていたで。この古い建物を今も大事に使い続けてくれてるなんて、なんやら嬉しいな。台湾の人たちはやさしいなあ〜

西門紅楼を見た後は、やはりショッピングとグルメや。先生は好きはお菓子を見つけては目を輝かせながら飛び回ってたわ笑 先生、よかったな、美味しいものぎょうさんあって。

「ペンタ、お前は買わなくていいのか?」

「僕はそんなに子供やあらへんしな」

「へー、そんなこと言っていいんだ?(ニヤッ)」

あかん、こいつのこの目は何か企んでる時の目や。もしかしたら、おやつ抜きとかほざくんやないか?

「お前、先生を子供呼ばわりしてたけど、いいのか?」

し、しまった!僕としたことが・・・そりゃ、お菓子の前であんなに目を輝かせてるなんて、子ど・・・あかん、この思考をリセットしなければ・・・

「僕なんてな、もっと子供なんやで!先生はな、お煎餅系のお菓子が好きやけどな、僕なんかな、あまーいかき氷が大好物なんや、どうやもっと子供やろ、僕!」

そして僕はかき氷屋の前で、必死に踊ったんや、クラップダンスを!かき氷大好きってアピールするために!!自分、ペンギンですから。

湯気が出るくらい熱意が通じたのか、Yさんの娘ちゃんがかき氷食べたい!というので、みんなでかき氷屋に入ることになったんや。ふ〜、ひやひやもんやった。もし僕が先生を子供呼ばわりしたことがバレたら破門されてしまうとこやった・・・

みんなで食べようと、Yさんの旦那さんが注文したのは特大のマンゴーかき氷。踊って体が熱くなってた僕にはほんま、最高のかき氷やった。しかも、これ、ただの氷やなくて、ミルクを凍らせた感じで、ふわっとしてやさしい口当たり。おいしかった〜

そんな僕を見てロンドンくんが言った。

「かき氷は日本に持って帰れないぞ。先生が買ってた煎餅やらビスケットやらは日本に帰ってから食べる分だぞ。お前は何も買って帰らなくていいんだよな。だって、かき氷命だもんな・・・笑」

し、しまった・・・先生は大人買いをしとったんや・・・僕にはその発想がなかった・・・だって、自分、子供ですから・・・

僕が涙目で先生を見たら、先生はにっこりして冬筍餅(その1に出てくるやつ)を僕にくれました。先生はやっぱり大人でした。ありがとうね、やさしい先生。 

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